| いまだ、引き切りのない組子鉋が販売されている |
| 現在販売されている組子鉋を見ると、鉋刃の先端は平らで、引き切りのための長い斜刃にはなっていません。組子鉋は、左右の面を正確な角度に削るための特殊な鉋です。ところが、従来の約42°という急な仕込み角で平刃を使うと、刃先全体が木材へ一度に当たり、突き刺さるような削りになります。刃が滑らかに木材へ入らず、削りが重くなり、場合によっては木を切るというより、むしり取るような仕上がりになります。そこで熟練した組子職人は、購入した鉋刃をそのまま使うのではなく、刃先を長く緩やかな斜刃へ研ぎ直します。刃の一方から順番に木材へ入るようにして、「引き切り」の効果を作るのです。このことを、長野市の組子職人を訪ね、実際に確認することができました。 試作したベベルアップ式組子鉋で削っていただいたところ、「引き切りの長さが足りない」と指摘されました。現在の斜刃では木材へ入る長さが不足し、滑らかに切るのではなく、むしり取るような削りになるというのです。この指摘によって、引き切りは単なる職人の好みではなく、組子鉋を正しく働かせるための重要な条件であることが見えてきました。それでは、なぜ現在も引き切りのない平刃の組子鉋が販売されているのでしょうか。 初めは、鍛冶屋や販売店が不完全な鉋を売っているのではないかとも考えました。しかし、問題は誰か一人の良し悪しではありません。鍛冶屋、販売店、使う職人、そしてこれから組子を始める人の間で、必要な知識がつながっていないことにあります。鍛冶屋は、刃を鍛え、V字の鉋身を作ります。しかし、販売後に組子職人が平刃をどのような斜刃へ研ぎ直しているのか、必ずしも知っているとは限りません。 販売店は、鍛冶屋の名前、鋼の種類、鉋の寸法や価格を説明します。しかし、購入後に長い斜刃へ研ぎ直さなければ、本来の引き切りが得られないことまでは説明しません。販売店自身も、その仕立てを知らない可能性があります。熟練職人は、平刃では削りにくいことを経験から知っています。そのため、自分で斜刃へ研ぎ直し、試し削りをしながら角度を合わせます。しかし、それを自分の仕事の一部として行っているため、「最初から斜刃にして販売してほしい」という要求を、鍛冶屋や販売店へ戻しません。また、長年かけて身につけた研ぎ方や調整方法を、誰にでも説明するわけではありません。同業者であっても、「見て学べ」「失敗して覚えろ」という職人文化の中では、技術の理由まで言葉にされないことがあります。そして、これから組子細工を始める人は、高価な組子鉋であれば、買った状態で正しく削れると思います。名工の刃であり、4丁で何十万円もする鉋なら、なおさら完成した道具だと考えるでしょう。ところが、その鉋には十分な引き切りがありません。 平刃を長い斜刃へ研ぎ直す設備もなければ、必要な長さも分からない。左右を均等に研ぐ方法も、研いだ後の角度調整も知らされていない。それでも削れなければ、道具の仕立てではなく、使う人の技量不足とされます。購入者自身も、「高価な名工品なのだから、道具が悪いはずはない」「自分には組子鉋を使う技術がない」「やはり組子は素人には無理なのだ」と考え、諦めてしまいます。 ここには、悪意を持って騙している人はいないのかもしれません。 しかし、鍛冶屋は実際の使われ方を知らない。販売店は必要な仕立てを知らない。職人は知っていても知らせない。初心者は、自分が何を知らないのかさえ分からない。その結果、引き切りのない組子鉋が、昔と同じ形のまま作られ、売られ続けています。これは、知らない者同士によって生まれた悲劇ではないでしょうか。さらに問題なのは、平刃を斜刃へ研ぎ直せば、それだけで終わらないことです。刃先を斜めにすれば、左右の刃先の位置関係が変わります。もともと90°に削るために作られた鉋でも、研ぎ方によって削り上がりの角度が変わる可能性があります。そのため熟練職人は、試し削りを繰り返し、鉋身の側面に紙を挟むなどして、角度を修正します。 職人は最終的に正確な角度へ合わせられるため、問題がないように見えます。しかし、結果が同じだからといって、そこへ至る過程まで問題がないとは限りません。なぜ斜刃が必要なのか。どのくらいの長さに研ぐのか。斜刃にすると削り角度がどのように変わるのか。どこへ紙を挟み、何を修正するのか。これらが説明されず、一人一人が失敗しながら再発見しているとすれば、それは技術の継承とはいえません。過去の職人がすでに解決した問題を、次の人にも最初から繰り返させているだけです。 「見て学べ」という教えには、意味があります。音、抵抗、木材の状態など、言葉では伝えにくい技術は、実際に見て、手を動かさなければ身につきません。しかし、見るべき場所を教えなければ、見ても分かりません。「失敗して学べ」にも意味があります。しかし、失敗の原因を知らされなければ、何を直せばよいのか分かりません。平刃のまま販売された組子鉋で失敗し、その原因を教えられず、「素人には無理だ」と去っていく。それでは、組子を始めたい人がいないのではなく、せっかく入ってきた人を道具の入口で帰していることになります。 いまだ引き切りのない組子鉋が販売されている事実は、鉋一丁だけの問題ではありません。それは、職人の中にある知識が鍛冶屋へ戻らず、販売店にも伝わらず、次の使用者へも教えられなかった、日本の職人教育の空白を表しています。必要なのは、誰かを責めることではありません。職人が経験によって得た引き切りの意味を、鍛冶屋と販売店へ伝える。斜刃の長さや角度を測り、誰でも再現できる基準にする。購入後に必要な仕立てを説明する。可能であれば、最初から正しく削れる状態で販売する。研ぎ直した後の調整方法まで、写真や動画で残す。職人の技を秘密のまま守るのではなく、道具の改善と、次の人を育てる教材へ変えることが必要です。「名工が作った鉋」から、「買った人が正しく使える鉋」へ。「職人なら自分で直せる鉋」から、「これから職人を目指す人を育てる鉋」へ。引き切りのない組子鉋が、いまだに販売されている。その事実に気づいたところから、組子鉋の改善だけでなく、日本の道具教育を見直す新しい一歩が始まるのだと思います。 包春 kaneharu |

