| <包春> 組子鉋の本当の起源 ――折箱職人たちが生んだ“治具としての鉋”―― 現在「組子鉋」と呼ばれている道具は、実はもともと組子細工のために生まれたものではありません。その起源は、江戸時代から続く 折箱(弁当箱・寿司箱)を作る職人=笹折屋(折屋)の世界にあります。折箱は、板を削って作るのではなく、薄く削った杉の単板(厚経木)にV字の溝を刻み、折り曲げて箱を立ち上げるという、日本独自の極めて合理的な工法で作られてきました。そのために使われたのが、V字の溝を正確に刻む専用の鉋――「ガリ鉋(折屋鉋)」です。この鉋は、・刃を叩いて調整する必要がなく・ガイドによって位置と角度が決まり・誰が使っても同じ溝が刻めるという、いわば 治具化された鉋でした。職人の勘や腕に頼らず、大量の箱を、速く、正確に作るために生まれた、日本の木工における、最も早い工業的鉋の一つだったのです。組子細工は、そこから生まれた時代が下り、住宅の洋風化によって障子や折箱の需要が減ると、職人たちは新しい活路を探します。その中で生まれたのが、建具の「組み」の技術を、装飾的な模様へと発展させた「組子細工」でした。麻の葉、七宝、胡麻殻、今日「日本の伝統文様」と呼ばれている多くの組子模様は、実は戦後になって商品化され、発展してきた文化です。そしてこの模様組子を作るために必要になったのが、一定の角度・一定の寸法を正確に削るための治具鉋でした。その原型となったのが、かつて折箱職人たちが使っていた折屋鉋(ガリ鉋)の“治具思想だったのです。つまり組子鉋とは、折箱職人の量産技術、 建具職人の削り技術から生まれた道具と言えますいま、組子鉋が高騰している理由、現在、組子鉋は作れる職人が極端に少なくほぼ手作業の一点物で調整にも高度な技能が必要という状況にあります。その結果、価格は高騰し、入手も難しくなり、若い作り手が入りにくい世界になってしまいました。しかし、忘れてはならないことがあります。組子鉋の祖先である折屋鉋は、もともと「誰でも同じ品質で使える」「大量生産のための道具」として生まれたものでした。今の状況は、その思想とは正反対の場所に来てしまっているのです。
新しい組子鉋という挑戦私たちは今、組子鉋をもう一度、職人の秘技ではなく誰もが扱える道具へ戻したいと考えています。叩いて調整する鉋ではなく、ネジで、ガイドで、構造で精度が出る鉋。それは決して伝統の否定ではありません。むしろ、折箱職人たちが生み出した“治具としての鉋”の思想を、現代に復活させることです。組子鉋の未来は、過去にすでに存在していました。その続きを、私たちはいま、もう一度つくろうとしています。 (宮代町郷土資料館・宮代の伝統工芸・折箱・笹折製作工程画像あり・ガリ鉋記載)
|


