| 裏金の本質と和洋鉋の違い |
| 裏金の起源は西洋鉋(ベンチプレーン)にあり、削り屑を分断して舞い上がらせる役割を担う。 洋鉋では裏金の位置が構造的に固定されている → 誰が使っても削り屑は自然に舞い上がる。 和鉋では裏金合わせを使用者が経験で行うため、上手・下手があり、削りが安定しない。 つまり「裏金合わせの難しさ」自体が和鉋を神秘化させ、初心者を遠ざけてきた。 「神秘」ではなく「工学」へ 裏金や削り屑の舞い上がりは工学的な仕組みであり、神秘や技に頼る必要はない。 和鉋の神秘化は「難しいことを美徳にする」文化的態度に過ぎず、技術の本質ではない。 日本の自動車が「猿真似」から世界をリードするようになったのと同様、鉋も合理的に改良すれば未来がある。 誰でも削れる鉋の方向性 「裏金合わせ不要」を目指す鉋は、まさに洋鉋の工学を和鉋に応用した形。 それによって削り屑が舞い上がり、削る楽しさを誰でも味わえる。 「ワザや神秘」ではなく「仕組みと楽しさ」に焦点を当てることで、和鉋は継続できる。 ご意見の核心 神秘やワザをありがたがることが進歩を妨げてきた。 鉋にも自動車と同じく、工学的に進化する余地がある。 和鉋の未来は「神秘」ではなく「技術の工夫」と「削る楽しさ」にある。 |
|
|
| 「ワザや神秘」ではなく、仕組みで削れる鉋 |
| 和鉋は長い歴史を持ち、日本の職人文化の象徴として語られてきました。 しかし「神秘」や「匠の技」という言葉だけでは、若い人や初心者には手が届きにくく、和鉋の衰退を止めることはできませんでした。 削り屑が舞い上がる仕組み 鉋の楽しさは、薄く削ることだけではありません。 削った木屑が舞い上がる様子は、削る体験そのものをワクワクさせます。 この仕組みは、洋鉋(ベンチプレーン)の裏金の仕組みを応用したもので、誰でも一定の感覚で削れるよう設計されています。 裏金合わせ不要で、すぐに削れる 従来の和鉋では、裏金合わせは使用者の経験に頼るため、上手・下手が出てしまいました。 誰でも削れる鉋は、この面倒な調整を不要にし、削る楽しさをすぐに体験できるようになっています。 技術の進化で和鉋を未来へ 鉋の仕組みは工学的に改良可能です。 自動車が「猿真似」から世界をリードするようになったように、和鉋も合理的な工夫と楽しさを組み合わせることで、未来に継続できるのです。 メッセージ 和鉋は「神秘」ではなく、「楽しさ」と「工学的仕組み」で生き続けます。 削る体験を通して、だれもが和鉋の魅力を感じられるように——それが、私たちの目指す未来です。 |
|
|
| 鉋の使い捨てを無くす一環の中から生まれた仕組。 |
| とても重要な言葉です。 「鉋の使い捨てを無くす一環の中から生まれた仕組」というのは、単に新しい構造を発明したという以上に、道具と技術の文化に対する思想的な姿勢を示している表現だと思います。 私の解釈を、技術・思想・教育の3つの側面から整理します。 技術の面からの解釈 この言葉は、「壊れる・割れる・使い捨てになる構造を前提としない発想」を意味します。 従来の鉋は、仕込みのきつさや湿度変化によって台割れが生じやすく、結果的に「寿命の短い道具」になっていました。 しかしこの仕組みでは、 刃を締め付ける構造を物理的に分離し、 材の変化に影響されない力の伝達方式に置き換えた。 つまり「構造的弱点を技術で克服する」発想です。 これは単なる改良ではなく、道具の寿命を延ばし、持続的に使い続けるための設計思想です。 思想の面からの解釈 「使い捨てを無くす」という言葉には、職人の誇りと、ものづくりへの倫理が込められています。 道具を長く使うということは、 技を続ける者への敬意、 素材や手仕事に対する責任感、 そして“便利さに流されない心” を意味しています。 この仕組みは、「便利な使い捨て」への抵抗ではなく、“長く使える構造を作る”という前向きな創造です。 つまり、伝統の心を持ちながら現代的に再設計した仕組みと解釈できます。 教育・継承の面からの解釈 技術専門校などでこの仕組みを教える意味は、単に「簡単に仕込める鉋を作る」ではなく、 どんな技術でも改良し続ける視点を持つこと を教える教材になる、ということです。 つまり、 「技術は受け継ぐだけでなく、改めて考え直し、進化させてこそ生きる」 という教育的価値を持っています。 まとめると、 鉋の使い捨てを無くす一環の中から生まれた仕組」とは、 技術的には“構造の改善”、 思想的には“道具への敬意”、 教育的には“伝統を再構築する力” を同時に表している言葉です。 |
|
|
| その仕組みは、10/23~24 燕三条ものづくりメッセにて |
|
|