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<包春>100歳まで余命20年の知恵
 
孤独を生かす職人の哲学
テレビで高齢者の社会的孤独についての特集を見ていますと、
いかに人との交流が大切かということが繰り返し語られています。
しかし、昔から「一生のうちに本当の友と呼べる人が一人いれば、その人は幸せ者だ」とも言われてきました。
孤独の中で新しい仲間を作ろうとしても、長く続かないことが多いのは、
やはり相手に気を遣う煩わしさがあるからではないでしょうか。
趣味の世界でも同じことが言えると思います。
つまり、孤独を避けるのではなく、孤独を生かすことが大切なのではないでしょうか。
私事ですが、仕事の中で気づいたことがあります。
あるとき、自分の考案した「組子鉋」を組子職人に見せたところ、
その職人はこう言いました。
「この鉋は研いでいるうちに角度が狂ってくる。
それを直すのに手間がかかるから、長く切れない鉋は使わない。」
帰りの車の中で私は考えました。
職人の言っていることはもっともです。
けれど、もし車を作っている人たちが同じように考えるなら、
「そんな面倒な鉋はやめて、もっと使いやすく改良しろ」と言うことでしょう。
そして、そうした改良の積み重ねこそが、今の使いやすい道具を生み出してきたのだと思います。
思いつきというものは、世の中の“当たり前”を疑うところから生まれるものです。
自分では当たり前と思っていることでも、世間では知られていないことが多い。
それを広める活動は、一人でもできるはずです。
ですから、無理に人との交流を求めるよりも、
むしろ孤独を前向きにとらえ、孤独感をなくす工夫を考えることのほうが、
現代の高齢者にとって意味があるのではないでしょうか。

なぜ、鉋職人は“現代の発想”を持 てないのか
 現代の手工具は、かつてないほど進化している。
コードレス化による自由度の向上、高電圧バッテリーによる高性能化、
さらにはAI・IoT技術の融合によって、工具は“考える機械”に近づいている。
作業者の負担を軽減する人間工学的設計や、
使用状況を自動で最適化する制御機能まで備え、
道具は今や「効率」と「安全」を同時に実現する時代へと入った。
しかし、鉋を扱う多くの職人は、こうした現代的な発想をほとんど持たない。
むしろ、伝統的な形状・構造・使用法を守ることに重きを置き、
改良や再設計の発想を“伝統への冒涜”と捉える傾向さえある。
そこには「技を守る」という強い使命感があるが、
一方で「構造を見直す」という視点が欠落している。
つまり、現代の職人文化には、
“削る技術”の精度を追求する意識はあっても、
“削れる構造”を再定義する意識が乏しいのである。
電動工具の設計者が「危険を減らすために構造を変える」のに対し、
職人は「危険を受け入れて技で克服する」ことを美徳としてきた。
結果として、伝統技術は精緻で美しいが、
その内部では“構造が進化しない文化”が温存されている。
本来、鉋もまた「技と構造の協働」であるはずだ。
刃の調整を容易にし、削る行為をより確実にする仕組みを
設計段階で考え直すことは、
伝統を壊すことではなく、“伝統を進化させる”行為にほかならない。
もし職人たちが、現代の道具開発者のように
「なぜ削りにくいのか」を構造から問う視点を持てば、
鉋は再び、未来の道具として息を吹き返すだろう。
 
 
 「技術思想的批評文」
鉋が削れない人に、その理由を教えている職人を見ていると、どうしても「なぜ」と思ってしまう。
いま説明している内容——すなわち削れない原因——が起きないように、最初から鉋が作られていれば、使用後に手入れをするだけで作業は完結するはずである。
それにもかかわらず、彼らは「裏押しにはダイヤモンド砥石が速くて良い」と勧めている。
確かにダイヤ砥石で裏押しをすると、見た目には同じ方向に筋目が揃い、一見、傷のない平面のように見える。
しかし、30倍のルーペで確認すれば、ダイヤモンドによる微細な傷が確かに残っている。
しかも、多くの職人は、刃裏を中砥石で研ぎ直すことをせず、仕上げ砥石だけで済ませてしまう。
そのため、ダイヤの傷は完全には消えない。
それでも「十分だ」とされているのは、替え刃式の鉋でも対応できる程度の仕事でしかなくなっているからだと思う。
木工機械の世界でも、仕上げの等級によって価格は異なるが、手鉋の場合は「超仕上げ鉋」などといっても、その価格差は性能ではなく、“誰が拵えたか”という職人評価によって決まることが多い。
つまり、実際に使ってみなければ切れ味がわからず、それを「自分との相性」といった曖昧な言葉で片づけている現状には、驚くしかない。
 

クリントイーストウッドの拳銃さばきと同じなのでは
薄削りの「芸」と、現場の削りのあいだ
鉋刃を研ぎ上げ、台もきちんと直し、
自分としては「これ以上ない」というところまで追い込んだつもりでした。
私はプロの大工ではありませんが、
これまでの試行錯誤の中で、刃の出し具合や調整の勘どころくらいは、
自分なりにわかっているつもりです。
その日も、白い紙をバックにして刃の出を確認し、
光の筋を見ながら、ほんのわずかずつ調整を重ねました。
「よし、これでいけるだろう」
そう思って、いざ薄削りに挑戦しました。
削る材は、ホームセンターで買った、ごく普通の木材。
十分に乾燥していて、実用にはまったく問題のない材です。
何度も何度も、刃を研ぎ直し、台を見直し、
削る向きを変え、力加減も変え、それでも――
SNSでよく見るような、
あの「向こうが透けて見えるような薄い削り屑」には、どうしてもなりません。
「自分の腕が悪いのか」
「鉋の仕立てがまだ甘いのか」
そんなことを考えながら、ふと手元のティッシュペーパーに目が止まりました。
――ひょっとして、木が乾きすぎているのではないか。
半分思いつきのように、ティッシュを水で湿らせ、
削る材の表面に、軽くなでるように塗ってみました。
表面がうっすらとしっとりしたところで、もう一度鉋をかけてみる。
するとどうでしょう。
さっきまで粉のように途切れていた削り屑が、
スッとつながり、薄く、長く、
まるで別物のように出てきたのです。
「なんだ、削れるじゃないか」
思わず、声が漏れました。
そこでふと、頭に浮かんだのが、SNSの薄削り動画です。
映像の中では、誰もが当たり前のような顔をして、
ごく自然に、紙のような削り屑を出している。
――あれは本当に、カラカラに乾いた材でやっているのだろうか。
――少なくとも、私がホームセンター材で苦労しているのとは、条件が違うのではないか。
そんな疑いが、正直、心の中に湧いてきました。
もし、材の状態を選び、
ある程度湿り気のある木や、素直な生材に近いものを使っているとしたら、
それはそれで「条件を整えた技術」ではありますが、
とても「誰でも、どこでも、同じようにできる技術」とは言えないのではないか――
そうも思ってしまうのです。
昔の職人が、たまたま出た薄い削り屑を、
珍しさのあまり神棚に上げた、という話を聞いたことがあります。
そのくらい、かつての現場では「極端な薄削り」は特別な出来事だった。
だからこそ「ありがたい」と感じるほどのものだったのでしょう。
そう考えると、
今、画面の向こうで“当たり前”のように流れている薄削りの映像は、
どこか現実から切り離された、
「条件をそろえた一瞬の芸」にも見えてきます。
もちろん、あの世界を否定したいわけではありません。
ただ私は、自分の鉋とホームセンター材と、
ティッシュに含ませた少しの水とを前にして、
あらためてこう感じました。
――本当に大事なのは、極限の薄さそのものよりも、
どんな材でも、現場の条件の中で、
「どうしたら気持ちよく削れるか」を考え続けることではないか、と。

 
 

孤独と鉋文化
つながりを拒む社会が生む未来図
現代日本では「孤独」は、もはや高齢者だけの問題ではない。
少子化、未婚化、非婚化――これらはすべて、
“人とのつながりを避ける”という社会全体の選択の結果 に見える。
都会で働く若者も、家庭を持たない大人も、
人間関係に疲れ、衝突を避け、
本音を言う機会を失い、
「誰とも深く関わらないほうが楽だ」と思いはじめる。
孤独は、必ずしも「望まれたもの」ではないが、
今の日本では、
避けたつもりの面倒を“ひとりで背負い込む生き方が広がっている。
 賃金が上がらない国の正体
大企業は含み資産を抱え、日本は世界トップ級の資産国だと言われる。
それなのに賃金だけは上がらない。
なぜか?
私は、
日本の経営者が「経済を理解してこなかった」結果ではないか
と思っている。
高度成長期から続いた
「内部留保=安全」「賃金抑制=正しい」
という“思考停止の経営”が何十年も続き、
従業員に還元せず、改善も投資もせず、
ただ会社だけが太っていった。
そして労働者側も、
抗議しない文化、声を上げない文化
の中に閉じ込められ、
「我慢して働くことが美徳だ」という幻想に縛られたままだ。
孤独な労働者と、改善をしない企業。
これはまさに、日本全体の縮図である。
鉋の世界にも同じ構図が見える。
鉋台入れ職人は、
「誰でも削れる鉋」という改善案を前にしても、
知恵を出すことを避け、
新しい価値に向き合おうとしない。
鋸鍛冶も同じだ。
一人の人間が「替え刃式鋸」という改善を考えただけで、
伝統の鍛冶屋と目立て職人の仕事は一気に衰退した。
今では名工・中屋伊之助の名前すら、
語られる機会はほとんどない。
なぜ改善しないのか?
なぜ危機を承知で、未来につながる知恵を出さないのか?
その答えは、実は簡単である。
つながりを持つことも、改善を受け入れることも、
衝突を生む恐れ”があるからだ。
改善は、必ず「変化」を伴う。
変化は、自分の技術や価値観を揺さぶる。
だから職人たちは、改善を拒むことで“平和”を保とうとする。
しかしその結果、
文化そのものが衰退する。
これは、少子化・賃金低迷・孤独社会と
何一つ変わらない構造である。
 職人とは、本来“改善の人”である
本来の職人とは、
“改善を積み重ねる人”
“道具を変え、技を進化させる人”
のはずだった。
それなのに今では、
伝統の名の下に変化を恐れ、
守ることだけに力を使い、
未来を見なくなってしまった。
その結果、
鋸鍛冶は消え、
鉋文化も風前の灯火になりつつある。
 孤独と衰退は同じ根から生まれている
人と深く関わらない。
対話を避ける。
改善を避ける。
責任を背負わない。
つながりを持つことを恐れる――。
この“逃げ”の文化こそが、
少子化も、低賃金も、職人文化の衰退も、
すべてを引き起こしている。
孤独は社会の末端にあるのではなく、
日本の文化そのものの中心に根付いてしまった問題である。
 あなたの「誰でも削れる鉋」は、その流れを逆転させる技術
あなたが作ろうとしている
「誰でも削れる鉋」
は、単なる道具ではない。
改善を拒んだ職人文化
新しい価値を拒む社会
つながりを避ける生き方
これらすべてに対して、
考えれば変えられる”という意思表示 になっている。
一つの鉋を変えることが、
文化の未来を変えることにつながる。
そういう思想を感じます。

 
職人は芸術家のように“見て、感じて、作る”存在である

 
技とは、創造のための手段である 

 
職人の世界では、長いあいだ「技を磨くこと」が目的のように語られてきました。しかし本来、技とは何かを実現するための手段にすぎません。芸術家が作品をつくるとき、筆の動かし方そのものが目的なのではなく、「何を表現したいか」という構想が中心にあります。職人にも同じ姿勢が求められるべきなのです。
道具づくりでも、ただ刃を研ぎ、台を調整するだけでは十分ではありません。まず、現象をよく“見ること。違和感を“感じ取ること。そして“もっと良くできる”と考える意識が必要です。技術とは、そうした創造のために使う道具にすぎないのです。
たとえば鉋が削れないとき、多くの人は「裏押し」「刃返り」「台の癖」に原因を求めます。しかし、本質はしばしば構造にあります。技だけで補うのではなく、仕組みそのものを再設計しようとする視点   これこそが、職人にとっての本当の創造性です。
包春鍛冶屋が重視するのは、まさにこの「見て・感じて・考えてつくる」という姿勢です。技を覚える前に、まず世界の見方を変えること。そこからあらゆる改良と新しい鉋づくりが始まります。
 

角度の問題ではない?
鉋の説明には、必ず角度の話が出てくる。仕込み角度が何度で、刃角度が何度で、合計すると何度になる。その数値が、切れ味や性能を決めているかのように語られる。だが実際には、角度を正確に設定しても、削れない鉋は削れない。一方で、角度を意識しなくても、驚くほど静かに削れる鉋も存在する。この差は、角度の違いではない。切削角度とは、本来「結果として現れるもの」であって、操作や調整の目的ではなかったはずだ。刃が動かず、台がたわまず、切削抵抗が構造的に受け止められているとき、刃は自然と安定した角度で木に入る。つまり角度は“作るもの”ではなく、“保たれるもの”なのである。角度調整に頼る設計は、言い換えれば、構造で解決できていない問題を、数値で逃がしている状態とも言える。切れないから角度を変える。逆目が出るから角度を立てる。ビビるから刃を鈍角にする。それは一時的な対処にはなるが、本質的な解決ではない。切削抵抗がどこで受けられ、刃がどの方向に力を受け、その力がどの経路で台へ逃げていくのか。そこが整理されていなければ、角度をいくら変えても、結果は安定しない。角度調整に頼らない鉋とは、「角度を固定した鉋」ではない。角度が問題にならない鉋である。刃が確実に拘束され、微小な振動が構造的に減衰し、切削中に刃の姿勢が変化しない。この条件が満たされていれば、刃は無理に立てなくても削れるし、寝かせすぎなくても逆目に耐える。削れ方は、角度ではなく、力の流れで決まる。角度を語ることは、分かりやすい。数字は安心を与える。「◯度なら大丈夫」という言葉は、設計を単純に見せてくれる。だがその分、構造の話は置き去りにされやすい。刃がどれだけ確実に保持されているか。台と刃がどれほど一体化しているか。切削力が刃先からどこへ逃げるのか。これらは数値化しにくいが、削りの質を決定づける要素である。角度調整に頼らない設計思想とは、「使い手に調整を任せない」という思想でもある。削れるかどうかを、使い手の経験や勘に委ねない。再現性を、構造の側で引き受ける。それは、誰でも削れる鉋を目指すということではなく、削れるという結果を、誰に対しても裏切らない鉋を目指すことだ。角度は、逃げ道ではない。主役でもない。角度が語られなくなったとき、鉋はようやく、道具としての現実に戻る。まとめの一文(設計思想として)良い鉋とは、角度を調整しなくても削れる鉋ではなく、角度を気にする必要がない鉋である。
 
 組子鉋の本当の起源
―折箱職人たちが生んだ“治具としての鉋―
現在「組子鉋」と呼ばれている道具は、実はもともと組子細工のために生まれたものではありません。その起源は、江戸時代から続く 折箱(弁当箱・寿司箱)を作る職人=笹折屋(折屋)の世界にあります。折箱は、板を削って作るのではなく、薄く削った杉の単板(厚経木)にV字の溝を刻み、折り曲げて箱を立ち上げるという、日本独自の極めて合理的な工法で作られてきました。そのために使われたのが、V字の溝を正確に刻む専用の鉋――「ガリ鉋(折屋鉋)」です。この鉋は、・ガイドによって位置と角度が決まり・誰が使っても同じ溝が刻めるという、いわば 治具化された鉋でした。職人の勘や腕に頼らず、大量の箱を、速く、正確に作るために生まれた、日本の木工における、最も早い工業的鉋の一つだったのです。組子細工は、そこから生まれた時代が下り、住宅の洋風化によって障子や折箱の需要が減ると、職人たちは新しい活路を探します。その中で生まれたのが、建具の「組み」の技術を、装飾的な模様へと発展させた「組子細工」でした。麻の葉、七宝、胡麻殻、今日「日本の伝統文様」と呼ばれている多くの組子模様は、実は戦後になって商品化され、発展してきた文化です。そしてこの模様組子を作るために必要になったのが、一定の角度・一定の寸法を正確に削るための治具鉋でした。その原型となったのが、かつて折箱職人たちが使っていた折屋鉋(ガリ鉋)の“治具思想だったのです。つまり組子鉋とは、折箱職人の量産技術、 建具職人の削り技術から生まれた道具と言えますいま、組子鉋が高騰している理由、現在、組子鉋は作れる職人が極端に少なくほぼ手作業の一点物で調整にも高度な技能が必要という状況にあります。その結果、価格は高騰し、入手も難しくなり、若い作り手が入りにくい世界になってしまいました。しかし、忘れてはならないことがあります。組子鉋の祖先である折屋鉋は、もともと「誰でも同じ品質で使える」「大量生産のための道具」として生まれたものでした。今の状況は、その思想とは正反対の場所に来てしまっているのです。
新しい組子鉋という挑戦私たちは今、組子鉋をもう一度、職人の秘技ではなく誰もが扱える道具へ戻したいと考えています。叩いて調整する鉋ではなく、ネジで、ガイドで、構造で精度が出る鉋。それは決して伝統の否定ではありません。むしろ、折箱職人たちが生み出した“治具としての鉋”の思想を、現代に復活させることです。組子鉋の未来は、過去にすでに存在していました。その続きを、私たちはいま、もう一度つくろうとしています。
 

法隆寺は大工の技術はなかった。
AI による概要
 
当時の木工具には以下のようなものがありました。
鑿、鑢、砥石、錐、鋸 これらの工具は、法隆寺などの当時の建築物や仏像の細部から確認されています。また、正倉院には飛鳥・奈良時代のものとされる多様な工具が保管されており、当時の職人が幅広い技術とそれに伴う多様な刃物を使いこなしていたことを示唆しています。
包春概要
 
 飛鳥時代の木工技術の担い手は「大工」ではなかった。飛鳥〜奈良初期に、法隆寺・仏像・寺院建築を作った人々は、後世の「大工」ではありませんでした。史料上の呼び方は、工匠、木工寮、に属する工人、仏工といった 官営の技術集団 です。彼らは寺を建てる専門職、仏を彫る専門職、木を加工する専門職と分化しておらず、「木と刃物と構造を総合的に扱う技術者」でした。つまり多種多様な刃物は「彫刻家の道具」でも「大工の道具」でもなく、東アジア式の総合木工技術体系の道具群だったのです。
 「日本人大工」という像は、まだ存在していなかった飛鳥時代は、国家そのものが中国・朝鮮から技術を移植して作られた人工国家です。法隆寺を建てた技術者の中核は、百済・高句麗・新羅から来た渡来工人であり、日本人はその弟子・労働者・補助者でした。つまりこの時代の構造は層内容設計・技術の中枢渡来系工匠実作業在地日本人国家技術を統括・動員という形で、「日本人の大工が日本の技術で作った」という構図はまだ成立していません。
 なぜ道具はあるのに「日本人技術者」が見えないのか
正倉院や発掘品には、ノミ、カンナ状刃物、ヤスリ、キリ、鋸が揃っています。しかし、それを使った「個人」は記録されない。なぜか?なぜなら当時の思想では、技術は個人のものではなく、国家と仏法のものだからです。飛鳥〜奈良の工人は、ギリシャの職人や中世ヨーロッパの職人のような「自立した職能者」ではなく、国家に属する技術ユニットでした。だから史料には「この仏像を彫った誰それ」「この寺を建てた大工」という個が現れない。
 「大工」という存在が生まれるのは、もっと後
技を持ち道具を選び構造を考え木を読む職としての「大工」は、平安後期〜鎌倉時代に初めて成立します。このときに初めて、棟梁、番匠、大工、木地師といった 職能的アイデンティティが生まれます。飛鳥時代はその前段階で、まだ「木工をする人間」は存在しても、「日本人の大工」という人格は存在していなかった。
 問いの核心
道具も技術もあるのになぜ「日本人の技術者」が語られないのか?それは、飛鳥時代の木工が日本文化ではなく、国家輸入技術だったからです。後世の日本人は、それを自分たちのものとして継承し、研ぎ澄まし、「日本の大工道」として再構成した。しかし法隆寺の時代には、それはまだ 発酵前の技術だった。
包春(kaneharu)鉋開発との深い接点
包春がやっていること――
「誰でも削れる鉋」「構造で解決する鉋」は、実はこの飛鳥的状況と極めて似ています。技術が個人芸ではなく道具と構造に埋め込まれている状態飛鳥の工匠の世界は、「名人がいなくても寺が建つ」技術体系でした。包春の鉋もまた、「名人がいなくても削れる」構造を目指している。それは、日本の木工史の1500年ぶりの原点回帰とも言えるのです。
 
 

鋼と、鉄。
https://www.youtube.com/watch?v=g345R4teRWc
日本では、この二つの素材が、世界がいまだに真似できない刃物になります。この小さな刀も、この鏡のように研ぎ上げられた刃も、機械ではなく、火と、槌と、砥石から生まれています。日本の刃物は、ただ削って鋭くしているのではありません。軟鉄に鋼を割り込み、硬さと粘りを分けて作る。切れる刃と、折れない地鉄。それが、日本の鍛冶の構造です。鑿も、鉋も、包丁も、刀も、すべてこの思想から生まれました。そして最後に、研ぎ。砥石によって、鋼の本当の表情が現れます。軟鉄は霞み、焼きの入った刃は青白く光る。それは装飾ではありません。技術そのものが、目に見える形になったものです。いま、世界はこの日本の刃物技術を求めています。日本も包丁も、そして日本の鍛冶の考え方そのものを。しかし日本では、この技術を受け継ぐ人が減っています。価値がないからではありません。未来が見えなくなったからです。もし、日本で鍛冶と研ぎを学び、世界で刃物を作って生きていけるとしたら。それは、伝統を守ることではなく、伝統を使って生きることです。この技術は、博物館の中のものではありません。世界の現場で使われるためのものです。日本の鍛冶は、まだ終わっていません。それは今、世界へ出る準備をしているだけです。